将棋ネタ

升田幸三の棒玉戦法、奇手△8五同金のタダ捨ての名局

 

トッププロとトップアマの手合が角落ちくらいとされていて、毎年アマ名人と時の名人が記念対局をしています。

そんなわけで角落ちは駒落ちの中でもまあまあ指されている手合なのですが、その中でも有名なのが、将棋の寿命を300年縮めた男と言われる天才升田幸三の棒玉戦法の1局です。

 

 

棒玉は玉飛車接近べからずという格言に反している上に、本来守られるべき玉を3段目に繰り出していくというセオリーに反した形です。

それだけでも驚くのですが、さらに驚愕の金のタダ捨てが飛び出す名局なので、今回その棋譜を紹介していきたいと思います。

 

対戦相手の小池重明という男

升田先生の対戦相手、小池重明は真剣師として有名な男で、角落ちでは大山先生、中原先生、米長先生と超一流のプロ棋士に勝利しています。

小池アマがどんな将棋を指すのか知りたい人は以下の記事もご覧いただければと思います。

 

小池重明
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今回紹介する小池アマ対升田先生の1局が指されたのは1982年の2月27日。

この頃升田先生はすでに引退されていたので、下馬評では升田危うしと言われていたようです。

△6ニ銀▲7六歩△5四歩▲5六歩△5三銀▲6八銀
△4四歩▲5七銀△4ニ銀▲5五歩△同歩▲同角
△4三銀▲7七角△5四歩▲5六銀△6ニ金▲5八飛(下図)

 

小池アマは角落ち戦では中飛車で戦うことが多かったようで、現代でも角落ちに対しての中飛車は有力な戦法と考えられています。

角落ちの上手の戦略としては、左に玉を囲って角がない平手っぽい指し方をするか、右玉っぽく手厚く指すかの2択になります。

他の角落ちの棋譜や私自身の経験から言うと、プロは右玉っぽい形を選ぶ人が多いような気がします。

 

上図から

△6四歩▲4八玉△6三金▲3八玉△7四金(下図)

 

序盤早々升田先生らしい独特な1手が飛び出します。

それが上図の△7四金です。

並の発想は△7四歩から△7三桂としてから右玉っぽくする指し方ですが、△7四金と上がってあえて歩越し金という悪形を選んでいます。

△7四金は一応次に△8五金と出て角頭の歩をかすめる狙いも持っています。

 

升田先生の伝説の棒玉戦法の始まり

上図から

▲7八飛△5ニ金▲2八玉△9四歩▲3八銀△9五歩
▲4六歩△8四歩▲5八金△8五歩▲4七金△6ニ玉
▲6六歩△7ニ玉▲3六歩△8三玉(下図)

 

△7四金に対して▲7八飛と角頭の歩をあらかじめ受ける手を指せば△8五金に▲5九角で受かるので、特に意味のない金上がりのように見えますが、上図の局面まで進めると意味が分かってきます。

升田先生の△7四金は棒玉にしたときに上部に手厚いという狙いがあったのです。

それにしても歩越し金+棒玉というのは他の棋譜では見ることのない奇妙な形ですね・・・。

角落ちの下手の経験が豊富な小池アマもさすがに棒玉作戦は初めて指されたことだと思います。

ところで、私が棋譜を並べしていたときに気になったのが、△9四歩に▲9六歩と突かれたらどうするつもりだったのかということ。

本譜のように棒玉に構えるのは▲9五歩の仕掛けが残ったり、玉が狭かったりとあまりメリットを感じません。

しかし玉を左に囲うのも△7四金との関連性がないのでやりにくいところです。

 

驚愕の△8五同金

上図から

▲5九角△6三金▲7五歩△8四金▲6七銀△5五歩
▲7六銀△5四銀左

 

後手の歩越し金の形の悪さに目をつけた小池アマは、▲5九角と引いてから▲7五歩~▲7六銀と玉頭攻めを着々と狙っていっています。

一方升田先生は5筋の位を取って金銀を盛り上げていく指し方です。

駒落ちの上手は位を取れると紛れやすくなるので、下手が玉頭を狙ったらすかさず薄くなった5筋の位を取るという指し方は真似したいですね。

 

上図から

▲8六歩△同歩▲8五歩(下図)

 

いよいよ小池アマが玉頭攻めを決行します。

おそらく上図から△9四金▲8六角△7ニ玉▲7七桂△9三桂・・・という筋を本線に読んでいたはずです。

もしそう進めば小池アマの得意な猛烈な攻めが決まって完勝譜となっていたでしょう。

しかし実戦で指されたのは金を逃げずに歩と金を交換する驚愕の△8五同金でした!

 

 

これが角落ちの歴史上もっとも有名な升田先生の金のタダ捨ての1手です。

しかも捨てた場所が自玉の頭というのが驚きです。

この金のタダ捨ては下手が歩切れだから成立する一手で、もし歩を持っていれば▲同銀△8七歩成に▲8四歩から▲8三金で飛車を奪い下手必勝になります。

しかし歩がないので△8七歩成に▲8四歩と打つことができず、▲5八飛なら△7ニ玉と銀取りにあててむしろ上手必勝になります。

そこで実戦は▲7四歩と突いたのですが、これが悪手で△7六金▲同飛△8七歩成と進み、角落ちの手合を考えたら下手が勝てない局面になってしまいました。

 

 

8七のと金が下手の飛車角と桂馬の働きを抑えているのが大きいです。

以下小池アマは角で9五の歩を取ってやけくそのような攻めを見せましたが、以下の局面になり、大差で升田先生の勝ちとなりました。

 

 

局面を戻して、△8五同金▲同銀△8七歩成の局面では、▲8四金△7ニ玉と銀を支えてから▲7六飛と逃し、△8三歩と金を詰ます一手には▲9四金!△同香▲9六歩と進めるのが妙手順でした。

 

 

△同歩なら▲9四銀と取って、▲9六香と▲9六飛の筋が残るので下手良しです。

△8四歩も▲9四銀から▲8三香などの筋が残りますし、意外とこの局面で上手の指す手が難しいのです。

とはいえ、▲8四金と打つのは重々しい形でかなりやりにくい手なので、小池アマには指せないと升田先生は見越していたのかもしれません。

 

現代プロも指す棒玉戦法

私は昔、トップ棋士と角落ちで席上対局を指すという幸運に恵まれたことがあります。

そのときはまだ若かったこともあり、角落ちで負けるにはいかないと意気込んで、角落ちの棋譜を徹底的に並べました。

もちろん今回紹介した棒玉の1局も何回も並べていましたが、なんとその席上対局でも棒玉の形を相手のプロに指されたのです。

棒玉の見慣れない形に戸惑って、角落ちの差を詰められて終盤力の差で負けるというのが普通のパターンでしょうが、この棒玉の形を研究し尽くしていた私は、研究通り指して勝つことができました。

(感想戦で小池升田戦の将棋ですね、と言ったら「え?」と言われたので、知らない様子ではありましたが・・・)

なので私にとってもこの棒玉戦法の棋譜は思い出に残る将棋です。

 

まとめ

というわけで小池アマvs升田先生の棒玉戦法の名局の紹介でした。

引退してもなお当時のトップアマを棒玉という面白い形で滅多打ちにする升田先生はさすがですね。

 

もしこの升田先生の華麗な将棋を見て棒玉戦法をやってみたいと思った人は、平手で棒玉の形になる指し方を研究してみたのでぜひ参考にしてみてくださいね!

 

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