1992年に44歳という若さで亡くなった小池重明(こいけじゅうめい)というアマチュアがいました。
彼はアマ名人戦を2連覇し、公式戦でプロ棋士相手に互角以上の対戦成績を残すという凄まじい力を持っていました。
しかしそれは表の姿であり、彼の裏の姿は賭け将棋で生計を立てる真剣師でした。
もちろん真剣師としても敵なしで、「新宿の殺し屋」という異名をつけられて恐れられるほどでした。
小池は将棋はとても強かったのですが、酒、女、ギャンブルにのめり込み、将棋以外はダメダメな男でした。
そんな破天荒な部分が人気を呼んだのか、のちに彼の半生を描いたノンフィクション小説まで発売されています。
将棋のわからない人でも面白い内容になっているので興味があったらぜひ読んでみていただけたらと思います。
この記事では新宿の殺し屋の異名を持っていた小池重明の棋風や名局、彼の将棋を並べることで上達するか?などを紹介していきます。
Contents
小池重明の得意戦法
現存する棋譜を見る限り、小池は若い頃から振り飛車党でした。
四間飛車がメインですが、三間飛車、中飛車も指し、相手が振り飛車党のときは自分が居飛車側を持って指すといういわゆる対抗系党です。
振り飛車のときの囲いは美濃と穴熊どちらも指しています。
小池重明の棋風
小池の棋風は誰が見ても明らかな終盤型でした。
小池が活躍した1980年代は現代と比べれば序盤戦術はそこまで進歩してはいませんが、その時代にしても小池の序盤の指し方はひどいもので、序盤はしょっちゅう劣勢に立たされています。
小池のエピソードの1つとして、対局相手を調べたり将棋の研究をすることもなく、そもそも自宅に将棋盤を置いてすらいなかったそうです。
しかし真剣師として鍛えられた技なのか、凄まじい粘りで大体逆転勝ちしてしまいます。
逆転術というのは棋譜を並べただけでは分からないものもありますが、小池の棋譜の場合は並べただけで凄みが伝わってくるのです。
また、小池は序盤から相手に思い切り攻め込ませて、相手に時間を使わせて焦ったところを逆に一気に攻め込むという棋風だったといわれています。
棋譜だけでは時間の使い方までわからないのですが、将棋の内容からするに序盤はノータイム指しで、時間攻めも多用していたのではないでしょうか。
小池重明はどれくらい強いのか
真剣師の世界では敵なしの最強で、アマ名人2連覇という実績もあるので当時のアマトップであることは間違いないでしょう。
また、プロとの公式戦は10勝8敗と勝ち越しており、当時の若手トップ棋士の田中寅彦五段やA級棋士だった森雞二八段への勝ち星も含まれています。

これは小池の指した手の中で1番有名な▲5八歩の局面です。
△6六馬と取れば後手勝ちでしたが、実戦は△同竜と取ったため、小池の逆転勝ちとなった1局です。
これらの成績を見ても小池は並のプロ相手なら互角以上に戦える力を持っていたようです。
あの将棋界のレジェンドの羽生善治も小池の将棋を何回か見たことがあり、羽生さんは小池について「どう評価していいか分からない。でもとにかく強かった」と評しています。
そんな小池自身は何回かプロ入りを目指していましたが、素行の悪さからプロにはなれず、生涯アマチュアでした。
もしプロになっていたらどのくらいまで行っていたかという話は将棋ファンの間でよく出てきますが、大体序盤でリードを許してしまうため、持ち時間の長い順位戦などでは勝てない将棋の作りです。
小池のような序盤無策型ではプロ間で小池対策の序盤研究がされ、誤魔化す局面にすらならず完封されてしまうでしょう。
そのため行けてC級1組、タイトルは無理だったと思います。
しかし序盤でリードを許しても終盤で逆転を狙える、早指し棋戦であれば何回か優勝できる力はあったかもしれません。
小池重明の名局
ここからは小池の将棋は彼の棋譜集、小説、ネットなど手に入るものは全て並べたぼくが名局を紹介したいと思います。
個人的に好きな将棋はたくさんあるのですが、できるだけ大きな舞台で指された将棋かつ、小池の凄さが分かる将棋を選びました。
分かりやすい寄せをさせない強烈な粘り

まずは小池が四間飛車穴熊を指した将棋から。相手はプロの飯野健二四段です。
上図から▲9八飛△8四飛▲7八飛△2五歩▲4七金△2四角
と進みます。
9八に寄った飛車をすぐ7八に回したり、一度5八から4八に寄った金を4七に上げたりと一貫性がなく小池の序盤下手さが伝わってきますね。
こんな調子なのであっという間にリードを奪われて以下の局面になります。

飛車角交換で駒の損得はないですが、先手の飛車と銀は遊んでいます。
一方後手は遊び駒がなく、今打った△6九角も急所に刺さっています。
これでプロ相手の局面というのだから、ぼくなら投了も考えるレベルです。
しかし小池はここから強烈な粘りを見せます。
上図より▲3八金上△5六歩▲同歩△5七歩▲6八飛!

▲6八飛と打った局面では、並の発想なら遊び駒になっている8六の飛車を使って▲8八飛です。
しかしそれは△5八歩成▲同金△同角成▲同飛△4七金でわかりやすく負けなので、ひねった受けを繰り出しました。
ここで△5八歩成だと▲6九飛と取られてと金がそっぽにいくという仕組みですね。
しかしそれでも△5八角成の押し売りや、△4七歩成と一気に寄せを狙う手もあります。
ところが実戦は△3六角成▲3七歩△4五馬・・・と進みます。
一気の寄せを狙わず1~2筋から押しつぶしてゆっくり勝とうという考えでしょうか。
しかし手をこまねいていると、8六の遊んでいる飛車が世に出てしまいます。
実戦もその通り飛車が捌けてしまったので、▲6八飛と打たれた辺りの局面は一気の寄せを狙うべきでした。
ここは後手のミスより▲6八飛から局面を緩やかな展開にした小池の勝負術を褒め称えるべきでしょう。

ちょっと進んで▲8五飛とした局面です。
遊び駒だった飛車が捌けて先手玉には一気の寄せがなく、先手ペースの展開になってきています。
その後もペースを掴んだ小池が勝ちきりました。
この将棋のように小池の序盤はあまり上手くない指し回しが多いので苦戦している展開が多いのですが、粘っているときの小池は思いもよらない手をひねりだしてくるので見応えがあります。
小池の強烈な優勢なときの指し方
小池は自分が優勢な局面で、一気に決める手順があるときは安全勝ちを選ばず一気に決める手順のほうを選びます。
安全勝ち狙いの相手に数々の大逆転を喰らわせた、安全勝ちの怖さを誰よりも知っている男だからこその考えかもしれません。

相手の大田学はプロではありませんが、小池と同じ有名な真剣師で「最後の真剣師」と呼ばれた男です。
上の局面は△8二銀と竜取りに打ったところですが、大駒4枚全部取っていて後手からの攻めは△3六歩のみ。
後手の攻めが大したことがないため先手必勝の局面です。
ぼくなら▲9二竜から安全勝ちを目指すところですが、小池は安全勝ちなど目指そうともしません。
上図より▲7二歩!△同玉▲7三歩△同銀引▲7四歩△同銀
▲4一角成△4二金引▲5二馬(下図)

竜取りを何回も放置して角をスパっと切って寄せにいきます。
上図より△同金▲7三歩△6三玉▲7五桂△7三玉▲8三金まで(投了図)

最後まで竜取りを無視して寄せきってしまいました。
もう1局有名な将棋を紹介しましょう。

この将棋は大山十五世名人との角落ちの対局で、▲7二飛の王手に対して△5二銀打と打った局面です。
ここで普通の発想は▲7八飛成とと金を払ってしまうことです。
角落ちの手合を考えればここから下手を持って間違えようがありません。
なので▲7八飛成までで上手投了が普通の流れかと思います。
しかし実戦は▲8一と!と最速の寄せを狙いにいきました。
以下数手で寄せきって小池の勝ちとなります。
後日小池はここで▲7八飛成としなかったことを聞かれて、「将棋ってこう指すものだろう?」と語ったというエピソードがあります。
大山十五世名人との将棋はこの▲7八飛成としなかったことばかり語られていますが、実は中盤戦にも凄い一手が出ます。

局面は△4五歩と角取りに歩を突いたところです。
ここは何はともあれ▲5七角と角を逃してから考え始めるのが普通です。
しかし小池は▲7六歩!と角取りを放置します。
△4六歩▲7五歩と進んでも、敵陣突破が約束されているわけでもないですし、上手に手段が多く下手にとっては難しい展開が続きます。
それならば▲5七角と逃げるほうがいいと思うのですが、ここで▲7六歩と指すのは先の▲8一と以上に強気の一手です。
実戦は▲7六歩に△7四金と引いてしまったため、そこから▲5七角で勝負所がなくなってしまいました。
角落ちの上手に悪手を指させる小池の気迫を感じる1局です。
小池重明の棋譜を並べて強くなるのか?実際に並べてみた
振り飛車党なら1度は振り飛車穴熊を使って終盤力だけで圧倒して勝てないかなと考えるかと思います。
ぼくもそんな野望を抱いて、序盤無策で終盤力だけで勝つタイプになるために小池の将棋を夢中で並べました。
しかし小池の将棋を全て並べてわかったのは、序盤を無策で指すというのは並の神経では真似できたものではないということです。
だってどんなに終盤力あっても相手に正しく指されたらまくれないですからね。当然ですが・・・。
自分より格下の相手に毎回序盤から不利になるというのも耐え難いと思うのですが、それを生活のかかっているはずの将棋でやる小池の精神力は異常だなと思いました。
小池ほどの実力者になれば序盤で不利にならないようにするくらい、ちょっと研究をすれば余裕だったと思います。
それをあえてしなかったのはやはり小池の真似はできないと思いました。
多くの人にとって小池の将棋を並べる必要はない
そして並べてもう1つ感じたのは、アマの棋譜なので持ち時間が短い将棋ということになり、当然プロの棋譜と比べて質も低いです。
おそらく大半が1手30~60秒以内に指された手なので、小池の手も対局相手の手も悪手と感じる手が多いです。
やはりプロの質の高い棋譜を並べるほうが強くなると思います。
なので将棋が強くなりたい人にとっては小池重明の将棋は並べる必要がないという結論になります。
でも小池の将棋には色々なエピソードがついてまわって面白いですし、真剣師という人種の数少ない棋譜なので、上達には興味のない人は真剣師に思いを馳せて何局か並べてみるのがいいかと思います。
将棋を題材にしたノンフィクションの読み物でこれより面白い本をぼくは知りません。
しかし子供の頃にこの本を読んで破滅的な生き様に憧れてしまったこともあるので、できるだけ大人になってから読んでいただきたいと思います(笑)
まとめ
小池重明の棋風や名局についての紹介でした。
最後に今回の内容をひと目でわかるようにまとめてみます。
- 「新宿の殺し屋」の異名を持ち、当時のアマトップだった
- 振り飛車党で囲いは美濃と穴熊どちらも指す
- 序盤は無策で上手くはないが、終盤力は非常に高い
- 上達目的であえて小池の将棋を並べる必要はない
小池重明という男の指す将棋の魅力が少しでも伝われば嬉しく思います。
最後に現在は賭け将棋は法律で禁止されていますので、小池重明に憧れて真剣師を目指そうと思ったりしないようにご注意ください。