日本人は才能という言葉が大好きで、将棋界でもよく才能という言葉が使われています。
しかしよく使う言葉の割に、才能とは何かということが考えられておらず、皆漠然と才能とは生まれつき持っているものだと思っています。
これに異を唱えるのが、今回書評しながら紹介する「究極の鍛錬」という本です。
(2023/09/29 08:33:36時点 楽天市場調べ-詳細)
この本では冒頭からある研究グループが「生まれつき才能を持った人間を探し出そうとしたが誰一人見つけることができなかった」と生まれつきの才能を否定するところから始まっています。
代わりに子供が将来熟達することが予想される、たった1つの要因を突き止めることはできて、それが「どれだけ多く練習するか」ということだそうです。
このような感じで、世間で才能は過大評価されすぎていて、才能は努力で作られるということを「究極の鍛錬」では主張しています。
そして「究極の鍛錬」ではチェスを使った科学的な研究結果が多く載っており、チェスと将棋は似たゲームなため参考になる部分が多々あります。
そこで今回はチェスを題材にした研究結果や、「究極の鍛錬」で紹介している一般人でもプロレベルの能力を手に入れることができる究極の鍛錬方法を将棋に置き換えた内容で紹介していこうと思います。
プロの記憶力は一般人と変わらないレベル!?
一般人が将棋のプロの能力で驚くのは、脳内将棋ができるということです。
脳内将棋をやっている場面を見るとさぞプロは記憶力が高く、凡人には手に届かない才能を持っているんだろうな思わされます。
しかし究極の鍛錬ではある実験を持ってこれを否定しており、驚異的な記憶力は努力次第で誰にでも手に入ることができると主張しています。
その実験とは一般人とチェスの達人はチェスの局面を見せて、お互いがどれぐらい駒の配置を記憶しているかというもの。
結果は実戦に現れた局面の駒の配置は、一般人は4,5個程度しか覚えていませんでしたが、チェスの達人はもちろん全ての配置を覚えています。
今度は実戦で現れた局面ではなく、でたらめに配置すると一般人は先程と変わらずですが、チェスの達人は6,7個しか覚えていなかったそうです。
この手の実験は将棋でも行われており、やはりプロ棋士は実戦の局面なら全ての配置を覚えていますが、でたらめに置かれたものは覚えられない、もしくは覚えるのに時間がかかるという結果でした。
この実験から分かることは、チェスの達人は全体的な記憶力がいいということではなく、実戦で登場する局面についてだけ驚異的な記憶力を持っているということです。
人生を捧げているチェスの達人ですら実戦では絶対に現れないようなでたらめな配置にされると、一般人とあまり変わらない結果だったというわけですから。
そのチェスについての驚異的な記憶力は、生まれ持った才能ではなく究極の鍛錬によって獲得できたのです。

天才を作ったチェスの事例

ある海外の教育心理学者の男性が、偉大な能力を持った人は生まれながらそうなるのではなく、作られるものだという自身の見解を持っていました。
その見解を証明するために、自分の子供にチェスを教え実験をした事例が紹介されています。
その実験を受けたのがチェス界では有名なポルガー三姉妹です。
彼女らは学校に通わずに自宅でひたすらチェスを学び、そのうち三女のジュディが男を含めた世界ランキング10位以内に入るまでの実力になりました。
これを将棋で例えるならば女性棋士がA級棋士になるくらいの偉業です。
さらに興味深いのが、一番チェスの訓練に熱心ではなかった二女が三姉妹の中でもっとも弱かったそうです。
ちなみにこの実験をした男性はチェスの実力は全然強くなかったようですし、三姉妹を産んだ女性の方はチェスの知識が全くなかったそうです。
なのでこの男性の実験により天才は作ることができるという証明がされたと「究極の鍛錬」では結論づけられています。
また、話は若干それてしまいますが、ポルガー氏はチェスの問題集をまとめた本を書いていて、その本の問題数がなんと5334問もあります!

(↑チェスファンの間で「ポルガーの電話帳」と呼ばれる問題集と「究極の鍛錬」を並べた写真です。)
将棋で言えば1手~7手の問題がひたすら載っているような感じです。
ポルガー氏が書いたこの本の存在からしてもこの後紹介する究極の鍛錬の重要性がよく伝わってきます。
究極の鍛錬とは?
さて、さんざん引っ張ってきた究極の鍛錬とは何なのか?ということを紹介していきます。
- 指導者が実績向上のために特別に考案した鍛錬内容
- 自分の弱点を知り何度も繰り返すことができる
- 結果のフィードバックを継続的に受けることができる
- 徐々にレベルを上げていき、精神的にとても辛い
- 面白くはない鍛錬内容
これが「究極の鍛錬」で紹介されている究極の鍛錬に必要な要素5つです。
・・・本のタイトルが「究極の鍛錬」なせいで分かりづらい文章になってしまってますね。
簡単に要約すれば、
- 素人が考え出した練習方法ではなく指導者が強くなるために考えた練習方法
- 練習で見えてきた弱点を何回も繰り返して克服する
- 練習しっ放しではなく、練習結果の反省を即座にする
- 1日に何十時間もできるような練習ではなく、数時間が限度なきつい練習
- 面白くないし楽しくない
②と③なんかはまあ納得できますね。
そして④については将棋界にも似たエピソードがあって、元将棋連盟会長だった米長邦雄永世棋聖の修行時代に、3時間しか将棋の勉強をしていなかったそうです。
それを師匠に「なぜ1日5,6時間以上勉強しないのか」と指摘されたところ、「なぜ5,6時間も続けることができる勉強をやっているのか」と逆に言い返し、師匠から拳骨をもらったという話でした。
このエピソードから分かるのは、当時少年だった米長永世棋聖は何時間もできる勉強法より、3時間くらいしか続けることのできないきつい勉強法のほうが有効というのを理解していたということです。
修行時代にこの究極の鍛錬の1部の要素を完全に理解し、繰り返しやっていた彼がプロ棋士になってからどういう実績を残したかというのは皆知るところですね。
将棋における究極の鍛錬は詰将棋
「究極の鍛錬」で必要とされている5つの要素が当てはまる将棋の勉強法はなにか?ということを考えてみました。
しかし将棋界にはスポーツやチェスのようにコーチングや指導といった文化が根づいていないので、
①指導者が実績向上のために特別に考案した鍛錬内容
に当てはまる練習方法はなかなか難しいです。
しかし、プロや将棋を多く教えてきた人が皆口を揃えていうことが、「詰将棋を解く」という勉強法であり、詰将棋を解くことが究極の鍛錬に1番近いのではないかと思います。
- プロや将棋を教えている人は皆詰将棋を解くことをおすすめしている
- 中段玉とか長手数の問題など弱点を把握し、かつ何回でも繰り返し解くことができる
- 答えがわからなければページをめくれば即座にフィードバックを受けることができる
- 手数を増やすことで難易度を上げることができるし、5,6時間解き続けるのは辛い
- 詰将棋は普通の人にとっては楽しくない
特に詰将棋は繰り返し解くことができて、難易度の調節も容易、そして面白くないし辛いというのがポイントです。
ぼく自身も「究極の鍛錬」を読む前に1日3,4時間程度、楽しくもない詰将棋を繰り返し解いていた時期がありました。
その結果7手詰めまでなら大抵は問題を見た瞬間解けるようになりました。
自分自身以外にも教えていた生徒などに同じように詰将棋を解くことをおすすめし、やってもらっていましたが、実践してくれた人は詰みを逃さなくなるなど効果を出してくれたようです。
というわけで究極の鍛錬を実践してみたい人は1日3時間、徐々に手数を増やしたりで難易度を上げつつ繰り返し詰将棋を解いてみましょう!

「究極の鍛錬」はこんな人に読んでほしい
「究極の鍛錬」のほんの一部の内容だけ紹介してきましたが、まだまだ面白い話はたくさんあります。
才能の塊のように思っていたモーツァルトやタイガー・ウッズなんかは幼少期からひたすら努力をしていたということや、高齢になっても究極の鍛錬をしていれば高い水準で能力を保つことができるなど書かれています。
前者の話は藤井聡太七段、後者の話は大山十五世名人の顔が思い浮かびますね。
将棋指しなら誰でも興味深く読むことができる「究極の鍛錬」ですが、中でもこんな人におすすめしたいです。
- 強くなりたいが、自分には才能がないからと諦めがちな人
- 20歳を超えて将棋が強くなりたい人
- 辛い努力をするときに心の支えが欲しい人
当てはまらなかった人にも、ぜひこの本を読んで「才能と努力」について考え直してみてほしいです。
将棋指しには必ず心に響くものが見つかると思いますので。
(2023/09/29 08:33:36時点 楽天市場調べ-詳細)
「究極の鍛錬」の簡単な書評
最後に「究極の鍛錬」の簡単な書評をします。
生まれつきの才能を否定し、努力によって偉大な能力を手に入れることができるという主張を徹頭徹尾していて、チェスの例もかなり多く登場するのでかなり楽しく読むことができました。
特に気に入っているのは、達人は専門分野だけ偉大な能力を持っているのであって、それ以外の能力は一般人と変わらないという研究結果です。
将棋をやっていて頭が良くない人なら経験したことがあると思いますが、「将棋をやっているんだから頭いいでしょ」という風にやればできる人扱いされることです。
これを究極の鍛錬はばっさりと斬り捨てているわけです。
「将棋が強いからといって他のこともできるということでは全くない」と。
しかしビジネスについての話も多々登場することがあり、そこは無理攻め感が少し出ている気がしました。
特に「究極の鍛錬をビジネスに応用する」という章があるのですが、ビジネスをしたことのない人にとっては???といった内容です。
ビジネスを絡めた話以外は素晴らしい内容なので、将棋指しの皆さんが才能や努力について知りたい、考えたいと思ってこの本を取ったときは、ビジネスについて書かれている章だけ飛ばして読むといいと思います。
まとめ
「究極の鍛錬」から読み取れる将棋の才能と努力についてや、将棋に置き換えた究極の鍛錬は詰将棋だということなど紹介しました。
ぼくが将棋以外の本を読んで、もっとも将棋に役に立ったなと思う本はこの「究極の鍛錬」なのでついつい長文になってしまいました!
将棋指しの方に少しでも参考になれば幸いです。